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08.15
Thu
おんもへ出たいと待っているッッッッ!!!!!!!!!!!!






今日から支援センターが盆休みに入るということで、我々母子は久しぶりに自宅へ篭る。

いやあ、暑い。本当に暑い。クッソ暑い。殺す気か。

というわけで、朝っぱらからクーラー入れる。もう終日フル稼働よ。

28℃弱というのがせめてもの悪あがきなんだから。地球ごめん。


さて、ここ数日の娘は自身の力で立ち上がり、支えがなくても立位保持が安易になった。

もう楽しくて楽しくてしょうがないよう。

ことあるごとに立ち上がり、手をぶんぶん振り、奇声を発する。

そんな娘、先週末から2、3歩歩いたかもしれない運転だったんだけれども、

今日はついに、力士のすり足稽古のような感じで歩行した。

やだこの子…!歩いてる…!?という疑惑が払拭され、完全に歩いていた。

とはいえまだまだおぼつかないしブリキのおもちゃのような動き。可愛いんだから。

この週末を過ごせば、また娘は歩くことも上手になるのかしら。

娘と手を繋いで歩くなんて未来永劫無いと思っていたというか、

歩く娘なんて想像出来なかったので、なかなか複雑な気分。

だけれどもこれも生物としての自立への一歩なのよね。頑張れ娘ちゃん。



ちゅうわけで今日は室内で過ごしたので、娘は部屋中かき回しまクリスティーだった。

片付けど片付けど、物があちこちに散乱する。何度目かで「ああもうええわ。」と諦める。

娘の好きなようにさせる。すると、手がつけられないくらい部屋が散らかる。

片付けんの面倒臭いなあ・・・・と思いながら今に至ります。

娘は風呂入って比較的すぐ寝たので、今から片すか。



そうそう、娘が機嫌良く遊んでいたのでミヤネ屋観た。

宮根誠司、あんまり好きじゃないけれど、

今日は終戦の日ということで作家の百田氏を迎えての特番だったのだ。なので観る。

沢山の特攻させられた若者の人生を振り返っていて、私は嗚咽を止められなかった。

娘がじっと私を見ていたのに、私はずっと特攻で命を散らした先人達に頭を下げていた。

彼らを取り巻くもの、時代、全てが恨めしかった。

幼子を残して(まだ4か月の我が子を置いて特攻させられた人もいた)、

決死の覚悟で務めた彼らが守ってくれたこの地にも、改めて感謝せねばいけない。


だのになんなんだこのクソみたいな現代は。申し訳なくて見せられたもんじゃないわ。

彼らが未練を残しながらも「御国の為」と言わされながら死んだ、その国の今を知ったら、

どう思うのだろう。

本当に申し訳ない。




私が働いていた頃、戦時中の話をする人が沢山いた。(認知症のケア施設だったのです。)



女学校へ通っていたけれど、夏休みなどはもちろん無く、授業もなく、

夏休みの時期になったある頃、兵隊さん達のために軍服を縫っていたそうだ。女学生全員。

廊下一面にずらっとミシンを並べて、まだ14、5の女の子が、戦争の為に尽くしていたのだ。

もうすぐ30の私は、旦那にすら尽くしていないのに・・・・

どれだけ出来た人達だったんだ・・・恥ずかしくて顔向けできない。


その話をよくしていた方はことあるごとに話されていた。

(認知症の方だったというのもあるけれど、幼い心に強く刻まれた出来事だったのだと思う)


陸軍だった人は、目の前で友が撃ち殺されるのを何度も見たし、自身も撃たれた。

戦争でご主人を亡くされた人は沢山いたし、幼子を亡くされた方もいた。

大阪大空襲に2度も遭いながら奇跡的に助かった人もいたし、

親が裕福だったので田舎へ疎開し、比較的安全な土地に避難できた人もいた。



そういう話をしてくれた人は、だんだんと弱っていき、亡くなっていった。

私は自分の祖父にも戦時中の事を聞いていたけれど、

祖父は「外国で馬に乗っていた」ということしか覚えていない。

将校かなにかだったと聞いた。もっときちんと聞いておけばよかった。

そんな祖父も私が小学3年の頃に亡くなってしまったし、私の平和ボケは止まらない。



私が空襲に怯えず、旦那と本音で話せ、しょうもないことに悪態をつけ、

毎日好きなものを食べ、インターネッツをし、どうでもいいことに頭を使い、

生理前の苛々や不調にPMSと病名みたいなもんをもらえ、暑いからとクーラーをつけ、

娘の世話や遊び相手をしているという理由で家事をおろそかにしても怒られないこのありがたさよ。


戦争は何ひとつ良いことありませんね。

私が一番腹立たしいと感じるのは、「よし、戦争すっか!」と決定した人間が、

安全地帯にいられることです。(玉置浩二ではないですよ。)

上から末端の者に指示するだけして、自分の身の安全は確保されているのがいけ好かないし、

「もう手がないから、特攻でもさせるか!」と提案した人間が、特攻をしなくても良いところです。

それと関係あるのかないのか、私は偉い人や権力者が子どもの頃から嫌いなのです。政治家も嫌い。

自分が権力や財産を持てたとしても、同じスタンスでいることには自信があります。

私、人見知りで人間嫌いで女性が苦手でヤンキーが嫌いで、

(自分も大概頭弱いくせに)頭悪そうな奴等が嫌いですが、それでも人が争うのは見たくありません。

うんこみたいなしょうもない生きていて何が楽しいの、という人生であっても、

支配欲と独裁に憧れ、全ての人間を支配下に置きたいという野望を秘めた人生であっても、

全ての人が死ぬ間際、「まあまあ幸せだったかな」と思えることが私の希望です。

皆がそれとなくなんとなく平々凡々に生きられれば、それが幸せと思えるのなら、と、

私の希望を人に押し付けようとしているこの時点で、やっぱり私も支配欲があるんですよね…。




ああ、瀬戸内寂聴に会いたい。

穢れを払いたい。



今日は、クリックの催促しません。・・・でも、雑念だらけなのでバナー貼りました。


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貴重な特攻兵の生き残りである板津忠正氏が精力的な活動をされているのを知り、

知覧平和会館(鹿児島県)に行きたいと思った。

今年は娘がまだ小さいから難しいかしら。旦那の冬季休暇に合わせて行けたらいいなあ。

知覧平和会館のホームページ見たんだけれど、特攻隊員のエピソードが載ってた。

藤井一少佐のページで再び、私は心臓が痛くなった。

お母さん方、旦那の為に我が子と共に死ねますか・・・!?

私は無理です。この奥さん、凄すぎる・・・・・

穴澤利夫大尉(23歳!)の婚約者とのエピソードも、辛すぎる・・・・






私、こんなダラッダラしたブログさせてもらえて、幸せです・・・・

皆さん、どうもありがとうございます・・・・


母さん、今日も日本は平和です。






玉置浩二と言えば、最近青田典子と事あるごとに共演し、抱き合いながら歌うたったりしてるけど、

あの人達は何なの?もうセットでの仕事しかしなくなったのかしら・・・・


そのせいか、あの2人がだんだんジョンレノンとオノヨーコに見えてきた。





母さん、今日も日本は平和です。
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コメント
特攻隊の方と言えば「相花信夫少尉」の遺書がもう…もう…
内容もさることながら達筆すぎて頭が上がらないです
いつ読んでも目玉溶けそうになります

平和な時代に生まれて良かった思う前に
申し訳なく感じてしまう現代ってなんなんでしょうね
せめて子供には恥ずかしくない親でありたいと思います
まるたに | 2013.08.15 23:16 | 編集
まるたに様、

応答が遅くなり申し訳ありません!

・・・相花信夫少尉の遺書ェ・・・
思わずググってしまいましたよ・・・
そして、「ああああぁぁぁぁ…この人の遺書ェ…見たことあるェ…」と
ついついググりまくしました…
一体なぜ「お母さん」と呼ばせるきっかけが特攻なんですか…
一体戦争は何なんですか・・・・・・・・

あの迷いのない堂々とした筆から、相花少尉がどれほど苦悩して諦念を得たのか…。
私はこの歳でも手が震え、読み手に不安を与えるものしか書けないと思います…。
私があと何年生きても、相花少尉には一生勝てそうにありません・・・

そうでよね…
「あなたがたのお蔭で、こんなにも日本は素晴らしい地になりました」と
胸を張って報告出来ないですよね…。
かといって、戦争に勝っていたら、どうなっていたのか・・・
それすら想像出来ないのですが…。

自分が先人達に出来ることといえば、
親として、我が子をしっかりと責任を持ち育て上げることですよね。
…頑張りましょう・・・・!!
かもめ食堂 | 2013.08.18 23:21 | 編集
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